お詫び


夏バテ?かどうか、少々体調が思わしくなく、先月撮影の途中に立ち寄り


撮った写真の記事を載せますが、どうかあしからず・・・・








愛知県新城市作手善夫バンバ平:地元の元気で明るい御婦人達が、懐かしい


田舎料理の[へぼ(蜂の子)ご飯]や[えんまん餅]で迎えてくれる涼風の里。


茅葺き屋根の施設には、有機野菜の直売所も有り癒されること間違い無し!






      





長野県下伊那郡根羽村横旗: 武田信玄は野田城(愛知県新城市)攻略の後に、


鳳来寺にて肺肝の療養をしていましたが、病状が芳しくなく田口・津具を経て甲斐国へ


引き返す途中の、元亀4年(1573)4月12日53歳にてここにおいて他界。


信玄塚はここより50m下方に有りますが、宝暦年間(1751~1764)の頃


横旗・中野・砦の3部落の人々により、武田神社としてここに祀りました。



      





長野県下伊那郡阿智村御伍和:  亜矢の回り舞台は、安政5年(1857)に


造られた芝居の舞台で、間口9間・奥行き6間(16.4m✕10.9m)の


入り母屋造りの木造2階建て瓦葺きの、堂々とした立派な建物です。


明治7年から25までまでの間、学校として使用されていました。



      




回り舞台の隣に鎮座する亜矢八幡社は、周辺の人々と密接な関係が有り、村人は


伝統芸能を奉納し、拝殿にてお神酒と神餅を頂くことが許されているそうです。