山梨県甲州市塩山小屋敷: [乾徳山 恵林寺]は、鎌倉時代末期の


元徳2年(1330年)夢窓国師によって創建され、


戦国武将武田信玄が菩提寺として定めた臨済宗妙心派の古刹です。



参道を上った所にある四脚門(赤門)は、織田信長により全山焼かれた後に


徳川家康により再建された当時のもので、国の重要文化財に指定されています。



[心頭滅却すれば火も自ら涼し]という、快川和尚の辞世の句で知られる


[三門]は、武田氏を滅ぼした織田軍が、快川和尚と約百人の僧侶を封じ込め


火を放った際、火定を遂げた和尚の壮絶な最後の一句です。





   




3つの門を潜った先に聳える開山堂には、夢窓国師・快川和尚・


末宗和尚の三像が安置されており、家康再建の後は五大将軍綱吉の


側近となった柳沢吉保が、信玄の法要を行うと共に寺内の修復を行う。